老後資金2,000万円不足問題のインパクトから、「老後のために2,000万円は貯める!」と目標を定めている人は多いようです。しかし、2,000万円の貯金があるからといって、老後の安心は絶対かといえば、そのようなことはありません。
妻と過ごすはずだった、安泰の老後
年金不安から資産運用が当たり前になりつつあるなか、最終的な目標額はいくらなのでしょうか。金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査(二人以上世帯)』によると、金融資産目標額は平均で3,014万円。中央値は1,500万円でした。年齢別にみていくと、60代で平均3,397万円、中央値は2,000万円。70代では平均2,723万円で、中央値は2,000万円。一時、老後資金2,000万円不足と騒がれていました。その余波でしょうか、老後を見据えて「2,000万円」をひとつの目標にしていると推測されます。
75歳の原和夫さん(仮名)もそのひとり。長年会社員として働き、退職金とコツコツ貯めた預貯金を合わせ、65歳の時点で老後資金は約2,000万円を確保していました。
「ひとり1,000万円、夫婦であれば2,000万円あれば、老後は安心だと思っていたんです」
65歳から受け取り始めた年金は月18万円ほど。その3年後には妻も年金を受け取り始め、派手な暮らしではないものの、妻とふたり、穏やかな老後を送っていました。
しかし、結婚48年を迎えて、妻が68歳で急逝。そこから、原さんの生活は大きく狂い始めます。最初に家計を大きく圧迫したのは、自宅の修繕費でした。
「持ち家だったので、住居費の心配はないと思っていました。でも、築35年ともなると、あちこちガタがくるんですよ」
特に深刻だったのは、水回りと屋根の劣化。そこに追い打ちをかけるように大型台風の襲来。それによりキッチンや浴室の配管から水漏れが発生し、屋根瓦の一部も剥がれました。修理を後回しにするわけにもいかず、見積もりを取ると、なんと約500万円。痛い出費でしたが、長年妻と過ごしたマイホーム。いつまでもここで住み続けたい……そう考えると仕方のない出費でした。
妻に先立たれ、崩れ始めた老後プラン
さらに、妻に先立たれひとり暮らしになったことで、日常の生活費もじわじわと増えていきました。家事はすべて妻に任せきりだった原さんは家事力ゼロ。次第に家のなかは散らかり放題。洗濯はもちろん、食事も自分で作ることはできません。乱れていくばかりの日常をどうにかしようと、家事代行サービスを利用するようになりました。さらに外食の回数も増え、妻とふたり暮らしのときよりもかさむようになったのです。そのような生活により、毎月10万~15万円程度を貯金から取り崩し。
そこへ追い打ちをかけたのが、健康の問題でした。「加齢とともに、病院に行く機会が増えました。持病の薬代に加え、歯の治療や白内障の手術など、思った以上にお金がかかるんです」。こうした想定外の出費が続き、原さんの貯蓄は右肩下がり。
焦った原さんは、ある決断をします。世間では「資産運用」ブーム。この流れに乗れば、資産を増やすことができるかもしれない……何とも安直な理由で投資をスタートさせます。
当初は、銀行の勧めで投資信託を購入。しかし値動きが思った以上に激しく、不安になった原さんは、途中で売却。結果的に、数十万円の損失を出してしまいました。それでも諦めきれず、今度は個別株に手を出します。「高配当株なら年金の足しになる」との触れ込みを信じましたが、株価の変動に一喜一憂する日々が続き、また途中で売却。結局、利益を出すどころか損失ばかりが積み重なり、10年前に2,000万円あった貯蓄は、ほぼ底をついてしまったのです。
「まさか、夢だと言ってくれ……」
70代半ばにして、生活レベルを大幅に下げざるを得ない状況に直面している原さん。
「年金18万円だけで、この先の生活を賄わないといけません。でも家の維持費もかかるだろうし、医療費のことも考えないといけない。不安しかないですね」
原さんのケースは決して特殊なものではありません。老後の想定外の出費は、誰にでも起こりうること。特に、自宅の修繕費や医療費は、思った以上にかかることが多いといいます。さらに原さんの場合、未経験ながら投資に手を出し、損失をさらに拡大させました。「まさか、こんなはずでは……」と後悔しないために。老後資金の準備は、想定以上の余裕をもって考えておくことが大切なのかもしれません。
[参考資料]
金融広報中央委員会『令和5年 家計の金融行動に関する世論調査(二人以上世帯)』